店の商品には自信がある。来てくれたお客さんは喜んでくれる。でも地元のお客さんは少しずつ減っていて、このままだと先が細い。じゃあ県外に売るといっても、何から始めればいいのか。鹿児島で専門店をやっている方なら、一度は考えたことがあると思います。
中小企業庁の「2025年版 小規模企業白書」に、地方の小さな店がECやSNSで地元の外にお客さんを広げた事例が載っていました。原文を読んで、何をしたのかを整理してみます。
結論から言うと、白書の3つの店は「ECとSNSを始めたから売れた」という単純な話ではありません。どの店も「うちの強みはこれ」という商品や見せ方を磨き、それをSNSで伝え、遠くの人が買える場所を用意していました。取り組んだ順番は店ごとに違います。岐阜の文具店は売上が事業承継のときの2倍に、宮城のこけし店はEC売上が総売上の約3分の1に、沖縄の酒造所はECを中心とする直販が売上の3割程度になっています。SNS以外の地道な積み重ねもありました。川崎文具店は支援機関に毎週相談し、桜井こけし店はフランスの見本市に出展しています。
地元だけを相手にしていると、なぜ苦しくなるのか
白書では、小規模事業者は中規模の企業に比べて、主な商圏を「同じ市区町村」「近隣の市区町村」と答える割合が高いとされています。そして、商圏が狭い事業者ほど、今後の顧客数の見通しを「減少」と答える割合が高くなっていました。
人口が減っていく地域で、近所のお客さんだけを相手にしていると、お客さんの数そのものが減っていく。白書の数字も、その感覚と同じ方向を向いています。同じ白書では、SNSを事業に使っている小規模事業者は4割で、使っていない事業者より、新規顧客数の見通しを「増加」と答えた割合が高かったことも示されています。ただしこれは見通しの比較なので、SNSを始めれば客が増える、という意味ではありません。
事例① 川崎文具店(岐阜県大垣市)町の文房具店から、万年筆とインクの専門店へ
岐阜県大垣市の川崎文具店(有限会社川崎商店)は、創業100年を超える町の文房具店です。オフィス用品のネット販売が広がって経営が厳しくなり、2009年に5代目の川崎紘嗣社長が事業を継ぎました。
川崎社長が選んだのは、なんでもそろう町の文房具店から、万年筆とインクの専門店に変わることでした。理由がおもしろいんです。ほかの文房具は説明がいらないものが多いけれど、万年筆やインクは説明が欠かせない。だからお客さんとの会話そのものに価値をつけられる、と考えたそうです。
ただ、すぐにうまくいったわけではありません。展示販売会やSNSで発信しても、それだけでは業績は上向かなかったと白書には書かれています。転機になったのは、2018年にできた大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz)への相談でした。毎週通って助言を受ける中で、「社長自身がいちばんの強み」と気づき、「色彩の錬金術師インクバロン」を名乗るようになります。
来店したお客さんのイメージに合わせてインクを調合し、「ストーリーを売る」。このやり方がSNSなどで評判になりました。オリジナルインクは350色に上り、県外からの来店客が増えて、海外から注文が入ることもあるそうです。白書では、文房具業界全体が縮小傾向にある中で、売上は承継したときの2倍になったと紹介されています。今は、BASEで作った直営のネットショップでもインクを販売しています。
事例② 桜井こけし店(宮城県大崎市)土産物のこけしを、インテリアに
宮城県大崎市の桜井こけし店(株式会社こしき)は、鳴子温泉で鳴子こけしを作って売っている店です。2000年ごろから温泉地の過疎化が進み、土産物として売れていたこけしの販売も落ち込んでいました。
2014年に家業に入った櫻井尚道社長は、こけしの単価が安いことと、売る場所が実店舗しかないことを課題に感じていたそうです。まず目を向けたのは、「こけし=安いもの」という思い込みのない海外でした。フランスで市場調査をして、現地の声をもとにデザインを見直し、2017年にフランスの見本市に出展しています。
そのうえで、ECサイトの開設とSNSの活用、既存商品のリニューアルに力を入れました。狙うお客さんを30代後半から40代に決めて、昔からある商品を今の暮らしに合うデザインに直していく。中でも、先々代が考えたこけしのひな人形「ひいな」を柔らかい色合いに変えたところ、SNSで人気が広がりました。白書の掲載時点で、「ひいな」はEC販売の8割を占める主力商品になっています。
白書によると、EC販売の売上は始めてから7年間伸び続けて、ECの売上が総売上の約3分の1を占めるまでになりました。お客さんは全国、海外に広がりました。
事例③ やんばる酒造(沖縄県大宜味村)SNSで聞かれて、ECを作った
沖縄県大宜味村のやんばる酒造は、泡盛を造る酒造所です。生産量の大半を地元で消費してもらってきましたが、地域の高齢化と若い人の泡盛離れで、売上が減っていました。
2013年に入社した池原文子さん(白書では代表取締役として紹介)が最初にやったのは、SNSでの発信でした。投稿を続けていると、「どこで買えるのか」という問い合わせが相次いだ。遠くのお客さんに直接売る手段がないことに気づいて、すぐに自社のホームページとECサイトを作ったそうです。
順番が逆なのがポイントです。ECを作ってから人を集めたのではなく、SNSで反応があってから受け皿を作っています。その後、地元の農家などの商品も一緒に扱うようになり、2019年には会員制の定期便「やんばるもあい」の事業を立ち上げています。白書の掲載時点で、ECを中心とする直販は売上の3割程度まで増えていました。2023年には台風の影響で売り先を失ったマンゴー約600kgを、会員へのダイレクトメールとSNSでの呼びかけで1日で売り切ったそうです。
3つの店に共通していること
並べてみると、共通しているのは3つです。
1つ目は、「うちは何の店か」がはっきりしていること。川崎文具店は万年筆とインク、桜井こけし店は現代の暮らしに合うこけし、やんばる酒造はやんばる地域の味。遠くの人に「ここで買う理由」が伝わる軸があります。
2つ目は、SNSで伝えているのが商品の説明だけではないこと。インクを調合する社長、こけしを作る職人の家、地域の生産者。誰が、どんな思いで作っているかが見えています。
3つ目は、興味を持った人が買える場所を用意していること。SNSで知ってもらっても、買う場所がなければそこで終わってしまいます。僕はいつも、Webは受け皿で、人を連れてくる力は別に要ると考えています。3つの店は、その両方を持っていました。
そしてもう1つ付け加えるなら、どの店も数年単位で取り組んでいることです。支援機関への相談や見本市への出展など、SNS以外の積み重ねもありました。
鹿児島の専門店で始めるなら
「遠くの人に売れる理由」がある商品を1つ選ぶ
店の商品を全部ネットに載せる必要はありません。まずは、ほかの店では手に入りにくいもの、説明を聞くと欲しくなるものを1つ選びます。桜井こけし店の「ひいな」も、新しくゼロから作った商品ではなく、先々代から続く商品を今の暮らしに合わせて見直したものです。
作っている人や、選んでいる理由を発信する
Instagramなどで、商品の写真だけでなく、作る工程や仕入れのこだわり、店主が何を考えて選んでいるかを見せていきます。お客さんの写真や声を使うときは、事前に了承をもらっておいてください。
買える場所を用意する
BASEやSTORESのようなネットショップの仕組みなら、月額無料のプランから始められます。ただし、売れたときには決済などの手数料がかかります。送料や梱包の手間も含めて、1つ売ったときにいくら残るかを先に計算しておいてください。
ネットで売るなら、価格、送料、返品の条件などを表示する決まりもあります。焼酎のようなお酒を広い地域にネットで売る場合は、通信販売酒類小売業免許を取るか、今の免許の条件を変える手続きが必要になることがあります。売る範囲と売り方によって変わるので、税務署に確認してください。食品なら、商品によって営業許可や表示のルールが変わるので、始める前に保健所に確認しておくと安心です。
始めたあとに見る数字
見てほしいのは、SNSのフォロワー数より、「どこから来て、何が売れたか」です。ネットショップの注文数、県外からの注文の割合、SNSから来た人の数、リピートしてくれた人の数。それから、梱包や発送、問い合わせへの返信にかかった時間も記録しておいてください。売上が増えても、手間が増えすぎて店が回らなくなったら続きません。
まとめ
白書に載った3つの店は、ECとSNSを始めただけで売れたのではなく、「うちの強みはこれ」を磨いて、それを伝えて、買える場所を用意していました。そして、どの店も数年かけています。まずは、遠くの人にも売れる理由がある商品を1つ選ぶところから始めてみてください。
地元のお客さんだけでは先が細いけど、県外に売るといっても何から手をつけていいかわからない。そんな状況なら、今の商品とホームページを見せてください。どの商品を軸にするか、一緒に考えます。
ここも気になるかも
ネットショップはBASEとSTORES、どちらがいいですか?
どちらも月額無料のプランがあります。違いが出るのは、手数料のかかり方と、使える機能です。月にどのくらい売れそうかで、有料プランのほうが得になる場合もあります。迷ったら、両方の無料プランで商品を1つ登録してみて、使いやすいほうを選ぶのが早いと思います。
フォロワーが少なくても、SNSで発信する意味はありますか?
あると思います。やんばる酒造は、SNSで発信していたら「どこで買えるのか」と聞かれて、ECを作っています。フォロワーの数より、見た人が「欲しい」「どこで買える?」と反応してくれるかどうか。その反応が来たら、受け皿を用意するタイミングです。
海外から注文が来たらどうすればいいですか?
最初から海外発送の準備を整える必要はありません。まず国内向けに売る形を作って、問い合わせが来てから考えても遅くないです。桜井こけし店のように海外を狙うなら、見本市への出展など、国内とは別の準備が要ります。お酒や食品は、国によって輸入のルールも違うので、個別に確認してください。